「備長炭」と書いてあれば和歌山産だろう、と思われるかもしれません。実際は違います。
備長炭という名前に、産地の決まりはありません。唯一の規格が定めているのは原料の樹種だけで、どこで焼かれたかは問われていません。
富山県朝日町・笹川で黒炭を焼いている立場から、この話を書きます。私たちは備長炭を作っていないので、外から見た整理として読んでください。
規格を確認すると、産地は出てきません
全国燃料協会が定める「燃料用木炭の規格」で、備長炭は「白炭のうちウバメガシ・カシを原料としたもの」と定義されています。産地の条件はありません。
そして木炭にはJAS規格が存在しません。
地理的表示(GI)はどうか。農林水産省のGI登録産品を確認すると、木炭で登録されているのは「岩手木炭」だけです。紀州備長炭はGIには登録されておらず、保護は地域団体商標という別の枠組みによっています。
つまり「備長炭」という言葉自体は、樹種の条件さえ満たせば産地を問わず使える名称、ということになります。
転機は2004年でした
なぜこうなったのか。年表をたどると分かりやすくなります。
かつて日本で焼き鳥や鰻に使われていた白炭は、大半が中国産でした。林野庁が2003年に出した資料には、はっきりこう書かれています。
特に、焼鳥、うなぎ等に使用される白炭(備長炭)は約90%(が中国産)
翌2004年、中国が森林保全を理由に木炭の輸出を全面禁止します。2004年10月1日施行。当時の林野庁の発表には「中国からの輸入白炭は、在庫が尽きた段階で全くなくなる」と書かれています。
供給先を失った業界が向かったのが、ラオス・ベトナム・タイでした。
国際緑化推進センターの報告書によれば、ラオスの白炭を作っているのは中国でかつて日本向け白炭を焼いていた中国人技術者から指導を受けた工場が多く、原木もウバメガシではなく現地の樹種です。

海外では、産地名ではなく商品名になりました
いま海外で「binchotan」がどう売られているかを見ると、事情がよく分かります。
- ニューヨークの日本食業務用商社が扱う備長炭:Made in Vietnam と表示
- 米国の炭専門店の商品:from Laos、別商品は from Namibia と表示
いずれも産地を隠しているわけではなく、堂々と書いています。海外では binchotan が産地名ではなく、製法や商品カテゴリーの名前として定着しているということです。
面白いことに、ミシュランガイドの記事は備長炭を「white Japanese eucalyptus coal(日本のユーカリの炭)」と説明していました。同じガイドの別記事ではウバメガシと正しく書かれているので、書き手によって理解がばらついていることになります。皮肉なことに、ユーカリを原料とする白炭は実際にベトナム産の主流です。
供給量から考えても、無理があります
和歌山県の紀州備長炭の生産量は、2003年の1,675トンから2024年には871トンへ、48%減っています。
年間900トン弱という規模で、世界中の「binchotan」需要をまかなうことはできません。数字を見れば、海外で売られている備長炭の多くが日本産でないことは、むしろ当然の帰結です。
日本国内でも同じことが起きています。2023年の木炭輸入量は112,297トン、輸出は269トン。輸入が輸出の約400倍です。
名前ではなく、書いてあることを見る
ここまでの話は、備長炭を悪く言うためのものではありません。ラオス産にもベトナム産にも良い炭はありますし、価格が抑えられていることには意味があります。
言いたいのは一つだけです。「備長炭」という言葉は、産地を保証していません。
だから確認すべきは名前ではなく、袋に書いてあることのほうです。
- 産地が具体的に書いてあるか(国名だけでなく、県や地域まで)
- 原料の樹種が書いてあるか
- 原木か、成型炭か
書いていない場合、それは書けない事情があるということです。

私たちの場合
ほたる炭は備長炭ではありません。黒炭です。ウバメガシも使っていません。
袋に刷ってあるのは「朝日町笹川産」「原木堅木使用」。原木はナラ・ケヤキ・サクラで、地主さんに許しをもらった山から自分たちで伐り出しています。焼いているのは竹内伸さんと折谷孝良さんの二人で、一窯に火入れ五日・冷まし七日の十二日をかけます。
名前で信用してもらうのではなく、書いてあることで判断してもらえればと思っています。黒炭と白炭の性質の違いはこちらの記事に、ほたる炭の性質は市販の炭との違いにまとめました。
この記事で使った出典
- 備長炭の定義(産地要件なし):全国燃料協会「燃料用木炭の規格」(平成23年3月)
- 木炭のJAS規格が無いこと:農林水産省 JAS規格一覧
- GI登録は岩手木炭のみ:農林水産省 地理的表示登録産品一覧
- 紀州備長炭の地域団体商標:特許庁 地域団体商標 第5003837号
- 白炭の約9割が中国産だった件:林野庁 平成15年7月29日発表
- 中国の木炭輸出全面禁止:林野庁 平成16年9月28日発表
- ラオス白炭の経緯:国際緑化推進センター「マイテュー白炭(ラオス)」
- 紀州備長炭の生産量:和歌山県『紀州備長炭生産振興計画』
- 輸入量・輸出量:森林・林業統計要覧2025 表109