ほたる炭読みもの

日本の炭の85%は輸入品です。国産木炭がいまどれだけ残っているか

窯出しの日。笹川の土窯で炭を運び出す二人の職人

日本で使われている木炭の約85%は輸入品です。

2023年の統計で、輸入量112,297トンに対し、国産の木炭(白炭・黒炭)は6,315トン。粉炭や竹炭、オガ炭まで含めた広い定義でも自給率は15.5%です。

富山県朝日町・笹川で炭を焼いている立場から、この数字の意味を書きます。

昭和30年代の0.5%になりました

もっと長い時間で見ると、落ち方がはっきりします。

国内生産量
昭和6〜10年(平均)約210万トン
昭和31年度約195万トン
2015年約2.6万トン
2023年約1.7万トン
2024年(木炭のみ)10,207トン

昭和31年度の195万トンと、2024年の木炭1万トン。300分の1以下です。

理由ははっきりしています。燃料がガスと電気に置き換わったからです。台所から火が消え、山に入る人がいなくなりました。笹川でも五十年以上前はどの家も炭を焼いていて、冬場は炭焼きの出稼ぎに行く人がいたほどでした。

いま、どこで焼かれているか

2023年の都道府県別の生産量です。白炭と黒炭の合計で見ると、上位はこうなります。

順位生産量内訳
1高知1,512トン白炭が大半(土佐備長炭)
2岩手1,399トンほぼ全量が黒炭
3和歌山935トン白炭が大半(紀州備長炭)
4北海道430トン全量が黒炭

白炭は高知と和歌山の二県で全国の8割を占めます。黒炭は岩手が4割です。産地がはっきり分かれているのが分かります。

富山県は2023年で84トン。全量が黒炭で、白炭はゼロです。全国の木炭生産の1.3%ほどにあたります。

富山の数字は、ほとんど減っていません

この84トンという数字には、少し面白いところがあります。

富山県の黒炭生産は、1993年に73トン、1997年に52トン、2000年に152トン、そして2023年に84トン。全国が壊滅的に減りつづけた三十年間、小規模ながらほぼ横ばいを保っています

その代わり、白炭の生産は消えました。1997年には16トンありましたが、いまはゼロです。

数字だけ見れば地味ですが、これは「かろうじて残った」という事実の記録でもあります。

窯出しの日、二人で炭を運び出す
窯出しの日、二人で炭を運び出す

二十人が二人になった、その内側

統計は県単位までしか教えてくれないので、ここからは集落の話になります。

笹川では、五十年以上前はどの家も山に入って炭を焼いていました。時代が変わって焼く人は減り、最後の世代を残して一度は途絶えかけます。

約三十年前、当時まだ若かった職人たちが自分たちで窯を築き、炭焼きグループを立ち上げました。消えかけた技術をそこで受け継ぎ、窯を現在の場所まで移しながら焼きつづけています。

いま焼いているのは、竹内伸さんと折谷孝良さんの二人です。かつては二十人ほどいました。

林野庁も統計の解説に「生産者の高齢化等により生産量は減少傾向にあります」と書いています。全国で起きていることが、そのまま集落の中でも起きた、ということです。

春の笹川。桜と水仙が咲く清流
春の笹川。桜と水仙が咲く清流

一窯に十二日という速度

なぜ増やせないのか。工程を見ればすぐ分かります。

火入れから五日間、窯につきっきりで火を守ります。温度計はなく、煙の色と匂いだけを頼りに、焚き口と排気口の大きさを変えて空気の量を調整していきます。そのあと七日間かけて冷ます。一窯に十二日です。

この時間を削れば量は増えますが、中心まで炭にならない炭ができます。それが煙の出る炭、爆ぜる炭の正体です。

完全に炭化しきらない部分が、ほんの少し残るくらいがいい。
焼きすぎると「焼き炭」になって、火持ちが悪くなる。

この境目を五日間見極める作業は、機械が代われません。だから二人で焼ける量が上限になります。

数字が意味していること

自給率15.5%という数字は、裏返すと国産の炭は市場でかなり珍しいものになったということです。

安く大量に供給する役割は、すでに輸入炭が担っています。そこで張り合っても勝ち目はありませんし、私たちにその量は焼けません。

できるのは、どの山の木をいつ伐り、何日かけて焼いたかを言えることだけです。ほたる炭は7kgで3,800円(税込・送料込み)。安い炭と比べれば高いのですが、市販の炭との違いに書いた四点は、使えば分かる差だと思っています。

昭和31年に195万トンあった炭が、いま1万トンになりました。その中の84トンが富山で、そのまた一部が笹川の窯から出ています。


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