富山県下新川郡朝日町・笹川。人口約240人のこの集落で、いま炭を焼いているのは2人です。かつては20人ほどいました。
数字だけ見れば衰退の記録です。それでも、途絶えずに続いている。その50年を書きます。
どの家でも炭を焼いていた時代
50年以上前、笹川ではどの家でも山に入り、炭を焼いて生計を立てていました。
冬場になると、炭焼きの出稼ぎに行く人がいたほど盛んだったといいます。炭は暖房であり、調理の火であり、現金収入でした。山と暮らしが直結していた時代です。
途絶えかけた時期
時代の変化とともに、燃料はガスと電気に替わりました。炭を焼く人は減り、山に入る人も年々いなくなりました。
最後の世代を残して、笹川の炭焼きは途絶えかけます。技術は書き残されるものではなく、人から人へ渡るものです。渡す相手がいなければ、そこで終わります。

約30年前、窯を築き直した
約30年前、当時まだ若かった職人たちが窯を築き、炭焼きグループを立ち上げました。
先代から技術をそこで受け継ぎ、窯の場所を現在の位置まで移しながら、焼きつづけてきました。いま焼いている竹内伸さんも、このグループに入って炭焼きを始めた一人です。
すぐにできるものではない。人についていって、仕事を見ながら少しずつ体で覚えた。
竹内さんの炭焼き歴は約15年になります。誘われたきっかけは、近所の人の紹介でした。継承というと大げさに聞こえますが、実際はこういう地続きの出来事です。
いまの2人がやっていること
現在の作り手は、竹内伸さんと折谷孝良さんの2人です。
やっていることは50年前と変わりません。地主さんに許しをもらった山から広葉樹を伐り出し、土窯に立てて、火入れに5日、冷ましに7日をかけて黒炭を焼く。炭ができるまでの12日間は別の記事に書きました。
変わったのは、炭の届け先です。集落の燃料だった炭は、いまはバーベキューや七輪で使う人の手に渡ります。名前は「ほたる炭」。初夏に蛍が舞う集落の川からとりました。

2人で焼ける量には限りがあります
一窯に12日かかるので、量産はできません。それがこの炭の弱点であり、性質でもあります。
手間を惜しまず焼いた炭がどう違うかは、市販の炭との違いにまとめました。50年の中身を知ったうえで使ってもらえたら、作り手としてはうれしく思います。